中小企業庁が主導する「100億宣言」が話題になっている。
これは中小企業が売上高100億円達成を公に宣言し、採択されれば最大5億円(補助率1/2)の「成長加速化補助金」を活用できる制度だ。
第一次公募では1,270社が申請し、211社が採択(倍率は約6倍)。そしていま、第二次公募に向けて全国の中小企業が続々と名乗りを上げている。

本企画では、制度の立ち上げに関わってきた中小企業庁の赤松寛明氏、中小企業の事業戦略に精通するEYストラテジー・アンド・コンサルティングの池尻能氏、組織・人事変革の専門家であるマーサー ジャパンの山内博雄氏に前後編にわたって話を聞く。
前編のテーマは、自社を成長させる経営者の共通項。そして、成長を実現できる企業の組織づくりについて。
変革の時を迎えた日本の中小企業は、「100億宣言」をいかに活用すべきか。経営者たちの新たな挑戦から、成長への道筋を探る。
「100億宣言」の本質
赤松日本経済はいま、大きな転換点にあります。物価上昇、人手不足など、経済はインフレ基調に変わったにもかかわらず、経営者の考え方や手法やファイナンス、そして行政の政策は依然としてデフレ時代の縮小均衡のままです。市場に任せれば5年、10年かけて是正されるでしょうが、それではなかなか賃上げも進まず、日本経済全体が浮上しません。
この状況を1〜2年で一気に変える。それが「100億宣言」の狙いです。

赤松多くの経営者のみなさまと接して感じることは、右肩成長への本能。長いデフレの中でも失われなかった血潮です。現状維持で利益を確保するのではなく、自社を成長させたいという想いがある。いまこそ、その魂に火をつけたい。ただ、かけ声だけでは動きません。だからこそ、起爆剤として最大5億円(補助率1/2)の「成長加速化補助金」を用意しました。
これは攻めの補助金です。リーマンショックやコロナ禍での、企業の止血を目的とした守りの施策とはまったく違います。
一方、現実は厳しい。 地方からは「物価も上がり、人もいない中で、どうやって賃上げしろというのか」という声を聞きます。ですが、いまが正念場です。日本経済を根底から変えていけるのは中小企業の経営者のみなさましかいません。だからこそ、その経営者の本気の「想い」を具体化するため、補助金だけでなく金融機関や支援機関も巻き込んだ点火の仕組みをつくりました。

赤松成長する企業には多くの共通項がありますが、差異もあります。ひとつのことを極めてタテにいくか、コングロマリットでヨコに広げていくか、最後は経営者の個性だと思います。
「成長加速化補助金」は、経営者の考えをキャンバスの上でできるだけ自由に描けるよう、間口は広くとってあります。ただし、それゆえにシナリオ勝負となり、ハードルは決して低くありません。
審査員も投資家目線で、事業戦略と実現可能性、数字の根拠や組織づくり、人材戦略などさまざまな角度から審査をします。つまり補助金ありきという考え方ではなく、本気で100億企業を目指す経営者のビジョンとシナリオ、そしてそれを具体化できる経営資源や組織が必要になってくるわけです。
そこでここからは山内さん、池尻さんのおふたりと、自社を100億企業に成長させるような経営者は何が優れているのか、あるいはそうでない場合に不足しているものは何なのかを深掘っていければと思います。
優秀な経営者の共通項
赤松おふたりとも、これまで多くの経営者に会ってきたと思うのですが、自社を成長に導く経営者に共通項はありますか?
池尻経営者にしかできない唯一の仕事は「決断すること」だと思っています。「やることを決める」だけでなく、「やらないことを決める」ことも大事な仕事です。そして、本当にチャレンジングな事業を始めるなら、自らやってみせるという精神が大事になってくる。
お客様と直接対話したり、実際に取り引きの糸口をつくってきたり。あるいは新しい製品を開発するにしてもさまざまな外部の知見を積極的に取り込んでいくなど、これまでの業務にはなかった新しい取り組みに時間を費やせる経営者は優れていると感じます。
逆に下任せにしてしまうと、トップの本気度はだれにも伝わりません。崇高なビジョンを掲げても、実態がともなわなければお客様も社員もついてこないというパターンですよね。

山内100億円という規模は、スタートアップや中小企業からすれば相当な規模です。なんとなくやっていたら100億になっていました、ということはありえません。明確に100億を目指して、高いエネルギーレベルを維持し続けられる経営者。これが大前提だと思います。

山内もうひとつ、池尻さんもおっしゃったように実行力と実務能力は絶対に欠かせません。
ビジョンや夢をどのようにして経営に落とし込むか。さまざまな企業の経営者とお付き合いをしていると、たとえば経営計画の数字で、ビジネスモデルが大きく変わるわけではないのに、現状数%の営業利益率が不自然に跳ね上がっている場合がある。日々、実際に数字を見ている経営者なら、何か前提がおかしいと気づくはずです。
実行力というのは、経営者としてうまく部下を動機づけ動かす力、時には自ら率先してやってみせる力であり、どちらも重要です。
「100億宣言」企業が見据えているもの
赤松「100億宣言」をした企業の宣言内容は、随時「100億宣言」ポータルサイトに掲載されています。これまで多くの経営者に会ってきた中で、印象に残った経営者や企業はありましたか?
池尻顧客課題をよく見ている企業にとっての成長は、その顧客の成長と同義になっていると感じます。つまりお客様の課題に先回りしてソリューションを提供し、それを自らの成長に取り込んでいるということです。
とある造船会社の経営者は、船主や海運会社といったクライアントの事業成長の方向性に合わせて、自分たちの開発する船も環境対応力を上げていく必要があるとおっしゃっていました。
クライアントと一緒に成長していく「顧客共創」をビジョンに掲げ、そのために自社の技術を磨き、設備投資を先んじて進めていく。
これから訪れる社会の変化、それにともない顧客が抱えるであろう新たな課題をしっかりと見据え、先手を打つ先行投資型の事業を練っている経営者は非常に優れていると感じました。

赤松ただ、これは非常にリスクが高くて、「顧客の未来を先回りする投資に融資をしてください」と訴えても銀行は簡単にお金を出してくれませんよね。先々は金融機関に期待したいですが、現実を直視すればそうはいかない場合が多い。
そこで「成長加速化補助金」が挑戦にともなうリスクを緩和し、民間資金を引き出す触媒になってくれたらと思っています。
池尻優れた経営者、金融機関の下ではそう使われていると思います。「100億宣言」を活用した新しい事業計画を練っていく中で、しっかり顧客との対話がインプットされている。しかも絵に描いた餅ではなく、実際にどれほど売上が立ちそうなのかという見立てまで。そういった経営者は非常に優れていますよね。
山内「100億宣言」をした企業には創業者がそのままリードしている企業もあれば、2代目、場合によっては3代目という歴史の長い企業もあり、いい意味で多様ですね。
とあるエンタメ系の経営者さんは創業社長でしたが、トップダウン一辺倒というわけではなく、うまく若手・中堅のみなさんに権限を渡していて、社員が自発的に生き生きと働いている会社でした。
100億を目指すというと、トップダウンでグイグイと引っ張っていくというイメージが湧きがちかもしれませんが、決してそういうリーダーシップのあり方だけとは限りません。
伸びている企業に共通して言えるのは、経営者が自分自身も含めチームとして総合力を発揮できているということ。そんな組織をつくれる企業が「100億宣言」の「成長加速化補助金」で採択されていると思いますし、実際に困難を克服して成長を実現していけるのだと思います。

赤松私も2代目、3代目の経営者の方から悩みを相談されることが多いんです。「先代は天才かつカリスマでした。でも、2代目の私は普通の人間です。だから自分を鼓舞して、勉強してやっていくしかない」といった。
でも、じつはそういう会社がメチャクチャ伸びる。そういう経営者こそが実際に会社を強固にして、着実に成長させていくという印象があります。組織づくりのプロフェッショナルの視点から、成長型組織をつくることができる経営者の条件を山内さんはどう考えていますか?
山内リーダーシップというものは、持って生まれたDNAや資質ではなく後天的に学べるものだと思います。
カリスマ経営者がひとりで引っ張っていくという組織ももちろんありますし、そこから大企業に成長した会社もあります。ただ、トップが人間である以上、当然いつかは生物学的な寿命を迎える。結局、特定の個人に依存しない組織的な経営に移行しなければ、永続的な繁栄はできないんですよね。
どんな経営者にも必ずその瞬間が訪れる。2代目、3代目の企業は、まさにそのフェーズを迎えているわけです。その中でいかにチームワークが発揮できる組織をつくっていくか。経営者のリーダーシップのあり方を考えるとき、「100億宣言」をした企業にはお手本がたくさんあると感じます。

「NO」と言える右腕と組織論
赤松組織づくりの話が出ましたが、企業が10億ぐらいの規模を超えると、経営者の右腕となる人材が必要になってくる。経営者がワンマンで事業を進めていくのではなくて、会社を組織にしていかなければいけないと言われます。
おふたりは普段、中小企業よりも規模の大きな企業と仕事をされていると思いますが、その経験をふまえ、どうお考えになりますか?
池尻おっしゃる通り、2桁億を超え、数十億から100億に会社を成長させる過程で組織構造にミドルマネージメントを組み込む必要が出てきます。
よく言われることですが、社長の右腕と言われるような優秀な人材の力をどれだけうまく使えるかが企業の成長を左右する。逆に、その過程で自分の脇をイエスマンで固める経営者はダメだなと思います。
赤松うちの“会社”でも同じことが言えます。官僚組織化しては現場を踏まえた政策はできません。

池尻NOと言える右腕、NOと言える番頭。自分に平然と異を唱えてくる人材を、あえて右腕に据える。そういった人材登用の視点が、事業規模が大きくなるほど経営者にとっては重要になってくるでしょう。
もうひとつ重要なポイントは、課長のようなミドルマネージャークラスが輝いているということ。経営者がどんなに元気でも、若手だけが元気でもダメ。頑張れ中年じゃないですが(笑)。
私も40代で中年ですが、やっぱり中年が元気じゃないと若者が目をキラキラさせないんですよ。ミドルマネージャークラスはせめていいスーツぐらい着て、いい食事をご馳走して、若者に夢を見せないといけない。この先、自社で活躍していく未来を描いてもらうために。つまり、若手を惹きつけるミドルマネージャーですよね。
組織構造が大きくなると、経営者のビジョンをしっかりと酌み取って、現場のオペレーションや新しい取り組みに落とし込めるハブ役が必要になる。そうでなければ経営が機能していきません。そこでミドルマネージャー、中年をどう元気づけて頑張ってもらうかが、私は非常に重要だと考えています。

山内社員数によって求められるマネージメントのあり方は変わってきますよね。30〜50人くらいまでは経営者が直接採用できる。社員のプライベートも含めて把握できる規模です。
ただ、50人を超えるとマネージャーが必要になってくる。100人を超えるとトップも詳しい把握は難しくなってくる。その過程でうまく人を育て、権限委譲をしていけるかどうかが重要です。
成長を支えるCxOの採用戦略
赤松社長の右腕、経営的な言葉を使うとCxOと呼ばれる人材が必要になってくるということですよね。うまくいっている会社を見ていますと、既存事業は右腕やCxOに任せ、経営者は何か新しいチャレンジに向けて走り回っているという印象があります。
たとえばCFOがいる会社は、やっぱり成長資金を引っ張ってきやすい。経営者も財布を任せられますし、銀行からCFOを直接引っ張り抜いてくる経営者もいる。やはり成長型の企業になるにあたって、CxOという機能は欠かせないと思います。
しかし、もし自分が経営者だとしたら、突然外からよく知らない人がやってきてあれこれ指図されると調子が狂いますし、プライドも傷ついてしまいそうです。これは組織運営として非常に難しい判断でもあると思うのですが、いかがでしょうか。
山内ときどき全知全能のような、顧客開拓も内部マネージメントも数字の管理も全部できるという経営者もいますが、当然そんな経営者ばかりではない。まさにいまおっしゃった通り、経営者が走り回っている裏で、しっかり社内を管理する番頭さんを確保することはとても大事なことです。
一方で、優秀な番頭さんを必ず採用できるとは限りませんし、企業の成長とともに必要とされる人材のレベルも変わってくる。ここが非常に難しいところで、貢献に対して報いながらも、ウォームハートとクールヘッドじゃないですけれども、次の5年、10年を見据えた新たな人材の確保・登用を進めていくことが必要になります。幹部の採用や配置換えは、経営者の人間力が問われる仕事です。

池尻経営機能が高度化し企業規模が大きくなってくると、必要となる専門性がどんどん分化していきます。端的なのはやはりファイナンスだと思っていまして、私がお付き合いのあるとある四国の商社も、地域の金融機関出身の方を取締役に登用しています。
そういった専門性のある方がいると、たとえば「100億宣言」のような国の事業の申請なども含めてサポートしてくれますし、どうすれば融資を引っ張り出せるのか、事業計画をつくっていく上でいかに精緻化していくかなどの知見も有しています。また、ご自身が働いていたので当然金融機関との調整も得意です。
経営者にとって大事なのは、日々の経営活動の中で、自社の成長に貢献してくれる可能性のある「人材接点」をつねに探すこと。優秀な人材に、つねに目をつけておくことだと思います。
赤松「人材接点」、いい言葉ですね。
山内私が見てきた経営者も、みんな虎視眈々と優秀人材を採用する機会を狙っていますね(笑)。5年から10年かけて口説き落とすということもあります。採用は経営者にとって最も大事な仕事のひとつですから。
赤松自分が必要とする人材を、自分で引っ張ってこられるということ。そしてその人材は、自ずと組織に溶け込める人でもある。これはやっぱり大きいですよね。経営者の魅力と力量が試されると思います。
成長型組織に不可欠なガバナンス
赤松いまの話を踏まえてお聞きしたいのが、成長型の組織には内発的な圧力、つまりガバナンスが重要になってくるということです。一番わかりやすいのは外部の目が入る上場ですが、一方で中小企業の本当の強さは「資本と経営の一致」にあるとも言える。
これはどちらがいいのかわかりませんが、売上が100億に近づくとたしかにガバナンスの利いた立派な組織になる必要があるようです。「100億宣言」は従業員や取引先、地域といった外部の目が入るので、その過渡期に役立つと考えているのですが、いかがでしょうか。

山内100億企業には、実際には上場の手前段階のケースが多いと思います。となると、地域の金融機関など融資サイドからのガバナンスが主です。うまいお付き合いができれば、成長を目指す企業にとっては家業から企業に進化していく上で、非常に有効に機能すると思います。
加えて、中小企業経営者の周りにはもう少し規模が大きい企業の先輩経営者がいたり、経営者同士のネットワークがあったりしますよね。
そのコミュニティの中でうまく人脈を広げていく。新しいビジネスの種を見つけることはもちろん、経営の悩みを先輩経営者に相談してみる。自分の独断ではなくアドバイスをもらって進めていくことも、ガバナンスとは少し違うかもしれませんが、自社の経営を俯瞰してみる上で有意義だと思います。
池尻組織の中でガバナンスを語るとき、私はお金と人事権が鍵を握ると思っています。つまり評価権ですね。それを持っている人が結果的には会社を統治することになる。
お金に関していうと、山内さんがおっしゃる通り地域金融機関や融資元の金融機関が一定の経営者に対するモニタリング機能を持つことになると思います。

池尻一方で経営者がいつまでも社長の椅子に座り続け会社が停滞するようなケースもありますので、どれだけ適切なタイミングで2代目にバトンを渡すのかといったことも大事ですよね。
そのときに対で考えなければいけないのは、やはり採用だと思います。というのも、どの企業も人材獲得に苦しんでいると思いますが、ガバナンスがしっかり機能している会社じゃなければ入りたくないという若者が、いまはもうほとんどではないでしょうか。
私たちも日頃から大企業相手に人的資本経営について議論していますが、むしろいま必要なのは中小企業のほうじゃないかなと考えています。人的資本経営の基盤を整えることが、結果的にいい人材の採用、あるいは採用競争力を高めることにつながっていく。
ガバナンスを機能させようと考えるよりも、どうすれば人材が来てくれるか、入社したいと思ってもらえるかの観点でガバナンスを捉えていくほうが、むしろ正しいアプローチなのではないかと最近は思っています。

編集・執筆:増田謙治
撮影:高橋宗正
デザイン:稲石浩佳