中小企業庁が主導する「100億宣言」が話題になっている。
これは中小企業が売上高100億円達成を公に宣言し、採択されれば最大5億円(補助率1/2)の「成長加速化補助金」を活用できる制度だ。
前編では、「100億宣言」を通じて見えてきた成長企業の共通項と組織づくりについて議論した。
後編ではより実践的な視点から、経営者の考えを現実のものとするべく、人材投資やM&A戦略、海外展開などの手法について、中小企業庁の赤松寛明氏、EYストラテジー・アンド・コンサルティングの池尻能氏、マーサージャパンの山内博雄氏の3者による議論をお届けする。
100億実現の隘路を開く
赤松大企業病という言葉があります。以前、とある経営者から聞いたのですが、自社の売上高が100億の壁を越え、次に利益100億、売上高1,000億という目標が見えたところで成長が停滞し、結局目標達成まで10年かかったそうです。
その経営者が言っていたのは、「成長していた時期は社員みんな会社や仕事が好きで、クリエイティブでがむしゃらだった。そんな人材が集まっていた中で事業価値が磨かれ、売上が伸びていった。しかし、ある程度の規模になると会社は運営のプロが仕切る安定の場となり、がむしゃらさが失われていった」ということ。
中小企業も同じように、ある程度成長していくと安定志向となり停滞することがある。安定が悪いとは言いませんが、“変化の時代”において挑戦は不可欠です。
そこで数多くの投資を支えてこられた山内さん、池尻さんにお聞きしたいのが、経営者がいかに本気となり、会社を成長に導くかです。経営者の狂気的とも言える情熱、その情熱を投資計画に落とし込む実務能力、そして実現に向けた執着が勝負になると思うのですが、いかがでしょうか。

山内せっかく熱いビジョンや夢があるのに、それを実現する技術が整っていないというケースはよくあります。経営者のリーダーシップ、ビジョン、求心力はものすごく大事ですが、それだけでは不十分。実行力、ビジネスモデル、数字の根拠をかけ合わせた事業計画が重要になってきます。

池尻情熱と冷静、その両軸が大切ですよね。パッションなきロジックだけだと、周りから「本当にやりたいのですか?」と思われてしまい、成長を実現するために必要な困難を乗り越える突破力に欠けてしまう。一方で、パッションはあっても数字に裏づけられた論拠、妥当性などのロジックが薄いと、スポンサーや協力者を説得できず、巻き込むことができません。

池尻また事業計画をつくる際は、ある程度の数値目標を立て、因数分解し、事業をいかに伸ばしていくかを計画に落とし込んでいきます。その目標設定における妥当性が、顧客との対話や財政事情まで踏み込んだものであるかどうかも大切です。
とくに顧客接点が少ない新規事業は、初めから数億の売上をつくることは困難です。種まきと関係づくりの1年目、少額取引の実績を積む2年目、そして3年目に一気にスケールさせる。
このような、経営者の経験則や手触り感が伝わってくる事業計画が重要なんですね。顧客との対話を経て説得力と妥当性のある計画がつくられているかどうかは、すぐにわかってしまいますから。
またコンサルティングの現場では、成長が止まったことへの危機感からアドバイスを求められることが多くあります。一方で、”茹でガエル”状態になっている企業もある。つまり、「危機感を持っている」と口にするのですが、どれだけ真に危機感を持っているのか疑問というケースです。
資本力がある大企業や既存事業でそこそこの利益がある会社は、売上高の成長率が年率5%下がったところで、「今年は調子が悪かった」と言い訳ができます。でもひもとくと、新規顧客開拓もまったくしていないし、そのための仕組みすらない。
そのような企業は、中長期的に「自分たちは何を目指していくのか」というビジョンまで立ち返らないといけない。そこまでしないと、本当の意味で危機感は芽生えないと思います。

池尻また、中小企業の場合は、社員に「小さな成功体験」を積ませることも大事だと思っています。大企業は何をやるにも誰かのハンコが必要だったり、新規事業を企画しようとしても「100億に満たない事業をやっても意味がない」と潰されたりする。
でも中小企業なら、数百万でも数千万でも売り上げがあるならやってみようとなる。このスピード感とフレキシビリティこそが、中小企業経営の最大の魅力ですよね。社員にも、中小企業ならではのよさを思いっきり感じてもらえばいい。
いわゆる大企業病に陥らないためには、社員が働いていて楽しいと思える、そういったメカニズムを機能させていくことが重要なのではないかと考えます。

人材が最大の希少資源に
赤松この30年間、日本企業がやってこなかったことは投資、とくにDXと人材投資だと思います。実際に、「お金をかけるのはもったいない」と後回しにしてきた経営者も多いのではないでしょうか。
しかし、成長企業に共通するのは池尻さんの言う「社員が働いて楽しいと思えるメカニズム」ですよね。人材が最大の希少資源となったいま、その視点こそ経営者にとってもっとも重要だと思います。
山内少し視点を変えてお話しすると、日本経済低迷のひとつの要因は、成長産業や伸びしろが大きい企業よりも、成長率は低いが安定している業界や企業に優秀な人材が流れすぎたことにあると感じています。
一例をあげれば、理系でいちばん優秀な人材が東大理三や医学部を目指すという現象が地方ほど顕著にあると思います。安定収入を得られる魅力的な選択肢というのはわかりますが、果たして貴重な理数系人材の能力を生かし切れているのか。国全体のマクロ的な人材の最適配分に失敗してきたのではないでしょうか。
ただ最近は、優秀な学生たちがどんどんスタートアップに行く流れができてきています。中小企業もスタートアップと同様に、個人の成長機会がものすごく多い。大企業で30歳だと主任・係長であっても、中小企業なら社長の右腕に抜擢されることもある。売上が20億、30億だとしても、経営者といっしょになって重要な意思決定に携われます。
また、最近少しずつでき始めているのが、大企業から中小企業に転職した人材が経営者の右腕として成長していくという流れです。そういった人材は、その後に自分で起業することもあるし、大企業に戻って再び活躍することもある。
若い世代にはこういったキャリアもぜひ視野に入れてもらいたいですし、中小企業経営者の方々には逆に、優秀な人材に魅力的だと思われる事業を展開していただく。
AIやロボットにできることは任せて、有能な人材には人間だからこそ価値を生み出せる仕事にとことん向き合ってもらう。そうすれば若い人たちにキャリアパスが開かれ、会社の魅力も高まります。こういった人材循環ができあがれば、日本経済はもっと活性化すると思います。

M&Aによるフィールドの拡大
赤松つまり若手の成長意欲を満たし、そのフィールドを広げ、一人ひとりが生み出す価値を高めること。若手が働きたくなる組織づくりが欠かせないということですね。もちろん、我々中年もですが(笑)。
次にお聞きしたいのが、M&Aについてです。実際、「成長加速化補助金」の採択企業の半分ほどがM&Aに着手していて、売上50億くらいで初めてM&Aを実現する場合が多いようです。
山内優秀な経営者がM&Aを通じて自社を成長させ、さまざまな事業を展開していくというのはたしかにひとつの成長ストーリーです。
会社を譲渡する経営者にとっても、譲ったほうがより人材をはじめとした資源が活きて、経営の苦労から解放されるかもしれない。その結果、社員にとっても事業にとっても、ひいてはマクロ経済にとってもいい効果が生まれると思います。
さらにM&Aは、会社で働く人たちのフィールドを拡大することにもつながります。わざわざ転職しなくても、社内でのキャリア機会が増加し、人材定着にもつながると思います。

赤松実態として譲渡する側というのは、後継者問題を抱えている企業が多いと思います。このままでは、磨き上げてきた技術や築き上げた仕組みが失われてしまう。そこで信頼できる譲渡先を見つけ、後を託すという。
池尻50年ほど前に車1台で始まったとある業務用食品卸の会社が九州にあるのですが、M&Aを前提とした経営でいまや連結売上が数千億の企業にまで成長しています。
「日本の食文化を継承する」という理念にもとづき、後継者がいなくなってしまった企業を買収しているのですが、 その会社が大切にしていることが、M&Aをした会社の地域に根付いた屋号や商品名などのブランドは残すということだそうです。
その背景には、郷土の食文化に根付いた「いいもの」をつくってきた売り手に対する強いリスペクトがあります。
また、「食文化を継承する」という理念のもと、その会社は海外マーケットに日本の食文化を輸出し、新しいマーケットを形成してさらに売り上げを伸ばしています。一方でもちろん、物流やITといった効率化できる部分は統合化していく。リスペクトを持つこと、そして経営機能の効率化をセットで考えることが大事です。
もうひとつ、M&Aで獲得した新たな経営資源やノウハウを、次のM&Aに対しても複合的に活かせるか、連鎖的な相乗効果を生み出せるかも重要です。かなり難度は高いですが、そこまで見据えられることが、M&Aを活用した成長戦略の鍵になると考えています。

赤松もちろん「M&Aありき」ではなく、やり方はさまざまだと思います。他方、組織に新しい血や文化を入れ、イノベーションを起こすこと。成長に導く経営者のもとに、血気盛んな若者やベテラン技術者が集い、その成長意欲を満たすこと。そして一人ひとりが生み出す付加価値を高めることが、この時代に求められていることなのかもしれません。
100億企業、1万社に向けて
赤松日本経済を地域から、底潮から動かすために、まずは5,000社の中小企業に「100億宣言」をしていただきたいと考えています。実現すれば、見込まれる経済効果は100兆円です。まずは機運を盛り上げていくことが大事だと考えているのですが、どうすれば現実のものとなるでしょうか。

池尻100億企業が新たに5,000社生まれたとしても、国内に100億×5,000社=50兆のマーケットが果たしてあるのでしょうか。そう考えると、海外に出なければ到底実現できないですよね。そこで、地域企業こそ海外を狙うべきだと考えています。
いま、ある地方のソフトウェアサービス会社と仕事をご一緒させてもらっているのですが、その会社はオセアニアのマーケットに対し新しいチャレンジを仕掛けています。事業化には多くの壁を乗り越える必要がありますが、自治体とも連携し、JICA(国際協力機構)や国の事業をうまく活用しながら、現地のニーズ調査や事業化に向けた実証事業を進めています。
この新事業を主導する経営層の方々には、日本を飛び越え積極的に海外でチャレンジする姿を若手に見せたいという想いがあるようです。たとえ英語が得意ではなくても、日本の中小企業が現地に乗り込み、一国の公社を相手に新しいシステムを提案する。このチャレンジ精神は非常に素晴らしいと思っています。

池尻中小企業は、どうしても地域の「くびき」に縛られがちです。逆にいうと、東京にはそれがない。ただ、ある程度首都圏のニーズを満たせば100億は意外とすぐに達成できてしまうと思います。ならば、東京も飛び越えて一気に海外に飛び出すのも選択肢のひとつですよね。
もちろん、海外で成功することは簡単ではありません。自社の事業に新たな機能を付加しなければいけませんし、事業内容はもちろん、国際標準という視点も大事になってくる。エンドユーザー向けの商材であれば、現地の生活者の嗜好性も重要です。
必要になってくるのは、最初から海外マーケットに出ていくことを見据え、そこから逆算で事業開発やデザインを考えていくこと。そういった事業にあえて地域から挑戦することが、中小企業の勝ち筋ではないかと考えています。
グローバルとローカルはいろいろな部分で相性がいいはずです。なぜなら、海外といったって日本と比較すれば大体がローカルですから。日本ほど社会が成熟していない国のほうが、当然課題は山積している。そして、そのソリューションは日本にたくさん眠っている。そこにリーチできるか否かが、海外に進出する企業にとって大事になってくるはずです。

山内コロナ禍の前後に、中小企業庁、JETROが主催する「中小企業海外ビジネス人材育成塾」に関わる機会がありました。機械・食品・サービスなど多様な業種がありましたが、共通して言えることは、社会的なインパクトと経済性を両立するべく、ビジネスモデルを磨き込むことの重要性です。
中小企業は大企業ではないので、圧倒的なリソースで営業をかけることはできない。となると、どこかで差別化を図り、勝てるビジネスモデルを構築する必要がある。
たとえば今回の「100億宣言」企業の中には、地下鉄の駅構内などに入り込む雨水を止める「止水板」の技術力が高い会社がありました。こういった技術は気候変動が深刻になる中でニーズが高まっていますし、社会的な意義を重視する若手の優秀人材にとっては魅力ある事業です。安全性が問われるので、海外市場でもコスト競争に巻き込まれにくい。
メーカーの場合、商品性能に説得力があれば、語学のハードルがあってもある程度は商品力で勝負ができる。だからこそ自社は何が強みなのか、何が足りないのかを理解し、商品力・ビジネスモデルを磨き込むことが大事だと思います。
赤松「成長加速化補助金」の採択企業の半分程度が輸出に着手していて、2割程度が海外展開(拠点の展開)をしています。海外輸出をブランドで勝負するか、あるいはM&Aによるコングロマリット企業としてリスク分散しながら出ていくか、引き続き海外への挑戦も深掘りしていきたいと思います。

成長のソフトインフラ構築へ
赤松DXや人材投資で、日本が諸外国に後れをとってしまったことは事実でしょう。しかし、何ら悲観することはありません。日本にはまだまだ多くの産業、観光など多様な経営資源がありサプライチェーンも充実している。これを活かせるのは大企業ではなく、地域の中小企業経営者だと確信します。
昨年10月、中小企業庁は100億企業を創出するための経営者ネットワーク※を立ち上げました。参加した経営者の関心は、「隣の経営者はどうしているのか」ということ。M&Aや人材確保、成長資金の調達についての成功体験の共有でした。そこで実感したのは、経営者のみなさまが本気であること、そして成長に立ちはだかる「壁」に直面していることです。
※100億企業を創出するための経営者ネットワーク:高い成長意欲を持つ経営者同士のディスカッションや交流を通じて、地域、業種、社歴を超えて、成長の視座・発想や経営課題の気づきを得ることを目的に開催
今後、とくに重要となるのはファイナンスです。先日、ある地銀の担当者からこういう話を聞きました。「残念ながら支援した企業は補助金に採択されなかった。しかし中期計画と数字ができたので、満額とはいかずとも、なんとか稟議を通して経営者の期待に応えたい」と。
補助金の採否にかかわらず、「100億宣言」を通して千を超える100億実現への投資計画が誕生しました。地域金融機関、支援機関とともにこれを磨いて、多くを現実のものとしていければと思います。

池尻私は常々、中小企業を振興するいちばんの意味はイノベーションを起こすことだと考えています。大企業には起こせない、新しい非連続なイノベーションです。その主役は中小企業だと確信しているので、「100億宣言」と「成長加速化補助金」が新しい挑戦へのフックになることを望んでいます。
また、このような非連続の成長軌道を生み出すにあたって、地域金融機関の果たす役割は非常に大きいと考えます。もちろん融資には多くのハードルがありますが、新規事業計画の精緻化、DX投資をはじめとする経営効率化に対するサポート、海外展開にあたっての各種支援機関へのつなぎ役など、金融機関の後押しによってさらなる成長を遂げられる中小企業は多いのではないでしょうか。
成長志向を持った経営者がたくさん存在することがわかったことも、「100億宣言」の成果だと思います。今後、裾野をさらに広げていくことが大事だと考えています。

山内第一次採択では211社が「成長加速化補助金」の対象に採択されたとのことですが、さまざまな業種、業態の企業が、お互いに学び合い、情報をシェアできることは素晴らしいですよね。採択された企業経営者のコミュニティをつくって、その実行をサポートするような仕組みがあるとさらにいいのかもしれません。
これだけ多くの中小企業が「100億宣言」を申請しているということは、それだけ経営者のみなさんにとって注目度の高いプロジェクトなのだと思います。これからもいい意味で、とくに地方にありがちな横並びの意識をうまく刺激してほしい。岐阜県のように「100億宣言」を申請した企業がものすごく多い地域もありますし、地域金融機関といっしょになって事業戦略を練った企業も多いと思います。
また、残念ながら「成長加速化補助金」の採択には至らなかったとしても、自社の事業を見つめ直すいい機会になったのではないかと思います。「100億宣言」が情熱ある経営者を次々と世に送り出す基盤になることを期待しています。
赤松この度、政権の積極財政の下で「100億宣言」の予算は3倍になりました。一方で重要なのは、「補助金ありき」ではなく、プロセスを通じて何を残すかということです。
そのためには、中小企業経営者の本気の戦略、それを現実のものとする金融機関や支援機関が各地に生まれることだと思います。行政機関の職員も、目線を上げていくことが必要です。
志の高い経営者が当たり前のように成長投資を行うことができ、その姿を見て後進が育っていく。この「成長のソフトインフラ」を築き上げていきたいと思います。この1〜2年が勝負です。経営者のみなさま、そして支援機関のみなさまとともに頑張ってまいりたいと思います。
撮影:高橋宗正
デザイン:久須美はるな
編集・執筆:増田謙治