「勝てる場所で勝つ」という哲学
福島県郡山市は、「商都郡山」とも呼ばれる東北を代表する商工業都市だ。この地に本拠を構えるイズムフーズ代表取締役社長の大髙さんは、2006年に起業(イズムフーズ設立は2007年)し、20年弱で自社を売上高26億円(2025年2月期)の企業にまで成長させた。
「大学は東京だったんですが、正直に言って、まじめな学生ではありませんでした。そして就職活動をする時期になり、気がついたんです。会社員として、上司の言うことを聞いて働いていくのは無理だと。膝が震えました(笑)」(大髙氏)

自分は勤め人に向いていない。将来への不安が一気に襲ってきた。独立して何かを始めようにも、まともな仕事経験がない。大学卒業後、大髙さんは地元に戻り、父が経営する会社にデスクを借りた。
「父はロマンがある人間というか、『人の会社で働くと黒いものを白と言わなきゃいけないこともある。黒だと言いたいなら、自分でやるしかない』と、そんなことを言う人なんです」(大髙氏)
商売人だった父は起業に肯定的だった。大髙さんは父の手伝いをしつつ、独立に向けたアドバイスをもらった。そして2006年、フランチャイズオーナーとして郡山にイタリアンレストランを開業する。なぜ、外食産業だったのだろうか。
「深い考えがあったわけではないんです。きっかけはアメリカで参加した外食の流通セミナーでした。そこで酒ばかり飲んでいる連中を見て、『この人たちが相手なら勝てるかもしれない』と感じたんです」(大髙氏)

翌2007年、大髙さんはイズムフーズを設立。2009年には本社にセントラルキッチンを併設し、2010年に「菜々家」1号店をオープンさせた。
「イタリアンレストランで積んだ経験には本当に感謝していますし、とてもお世話になりました。ただ、やっぱりフランチャイズは“人の屋根の下”でやる商売です。自分でゼロから新しいお店をつくりたいという気持ちがありました」(大髙氏)
その後、イズムフーズは新たなオリジナルブランドを含め、次々と店舗をオープンさせていく。2025年2月時点で32店舗。年に2〜3店舗を出店してきた計算になる。その過程で、大髙さんはあることに気がついた。それは、「ヒットフォーマット」を磨くことで、指数関数的に店舗数や売上が伸びていくということだった。

ヒットフォーマットとKPI
大髙さんのいうヒットフォーマットとは何か。
「お客さんがたくさん来てくれて、お店で興奮してくれること。その結果、しっかり儲けが出て、再現性があることです。新たな店舗を展開する際、私たちのKPIはひとつだけ。客数です。まず、お客さんがお店にたくさん来てくれること。そこから始めていく」(大髙氏)

現在、イズムフーズの屋台骨を支えるのは「定食」と「ラーメン」の2業態。裏側の仕組みは共通化されており、実質的にこのふたつの業態を磨き続け、立地条件に合わせて店舗を展開してきた。
「お米の価格が上がっていますが、ウチは原価が30円上がったから単純に値上げするということはせず、お客さんが感じる価値、それに対してあるべき姿を考えて価格を決めています。結果的に大手と比較して値ごろ感が出て、お客さんがものすごく増えました」(大髙氏)
上場企業やフランチャイズは短期利益を追わなければならないので、原材料が高騰すれば料理を値上げせざるを得ない。しかし、イズムフーズはオーナー企業であり、腰を据えて長期的な利益を追うことができる。ここに、中小企業経営の奥深さがある。

ほかの事業を展開しなかったことにも、明確な理由がある。
「賢い経営者ほど、すぐに事業を横展開します。私も誘惑にかられましたが、10個の業態の商品開発をするより、少数の商品開発を深掘りしたほうがいい。やることを増やさず、持っているリソースを集中投下する道を選びました」(大髙氏)
とはいえ、事業の “縦掘り”は想定通りにいかないケースもある。大髙さんは失敗も経験しつつ、調達、製造、配送のコスト構造を分解、既存事業を縦に深掘りし、サプライチェーンを内包することで顧客満足度は変えず、利益を生む構造をつくっていった。
「商品ひとつとっても、コスト構造を分解することが重要です。たとえばハンバーグひとつの値段は180円。もう少し安くしたくても、なかなか難しい。そこでハンバーグの製造工程、レシピ、各食材の仕入れ価格、包材、物流工程などを、まるでタマネギのように切り刻んで見える化し、改善していきます」(大髙氏)
自らサプライチェーンをつくり上げ、縦軸で事業を成長させていく。大髙さんの経営者としてのセンスが実現した業だ。
「目先の利益、つまり自分たちの都合を優先するのではなく、まずはお客さんが喜ぶ世界をつくり上げる。そしてまったく儲からないところから、内部構造を変えることで中長期的に利益を出していく。それがイズムフーズのビジネスモデルです」(大髙氏)
最初から追求してきた、外食産業のあるべき姿
もうひとつ、イズムフーズの運営を支えているのがセントラルキッチンだ。食材のカット、下処理、タレや惣菜の製造。これらを一括して行うことで、店舗オペレーションを大幅に軽減している。

「セントラルキッチンをつくったのはまだ2店舗しかなかったころ。周りからは『こんなに広いキッチンに鍋をふたつだけ並べてどうするのか。殻(工場)が大きすぎてヤドカリだって住みづらいですよ』と皮肉を言われました」(大髙氏)
「すぐに大きくなるから心配ない」。大髙さんはそんな声を笑い飛ばした。人手不足が深刻化し、労働集約型のビジネスはこの先ますます厳しくなる。周囲からなんと言われようが、自社のビジネスのあるべき姿を追究した。
「もちろんリスクもありますが、ユニクロもダイソーもニトリも、ヒットフォーマットをつくり上げてビジネスを展開していますよね」(大髙氏)
こうしたヒットフォーマットは、経営者のエゴと”狂気”でしかつくれないと大髙さんは言う。自らを信じて突き進むことは、成長志向の経営者の共通点と言えるのかもしれない。
イズムフーズの快進撃には、磨き上げたヒットフォーマット、サプライチェーンの内包化、時代を先読みして導入したセントラルキッチンにあった。しかし、この先も順風満帆に成長を続けられるかといえば、そうではない。大髙さんには、目前に迫る新たな成長の壁が見えていた。

成長の隘路は、出店ペースと新工場建設の両立
成長のボトルネックとなるのは、セントラルキッチンの規模だった。現在のキッチンで対応できるのは、最大45店舗。すでに32店舗まで拡大したいま、限界が目前に迫っている。
ヒットフォーマットは完成した。出店すれば売れる確信がある。市場での地位を築くのはいまだ。しかし、セントラルキッチンのキャパシティが上限に達すれば、イズムフーズの快進撃は止まる。成長を続けるには、新たな工場が必要だった。大髙さんはコロナ禍中に本社近くに土地だけは購入し、設計も進めていた。
「新工場は150店舗分のキャパシティをまかなう想定です。この工場が稼働すれば、店舗数の上限という制約が一気に外れる。国内100店舗はもちろん、海外展開も視野に入ってきます」(大髙氏)

新工場は未来のイズムフーズにとって心臓になる。そして、心臓を大きくしなければ体は成長できない。ただ、「いつ、どうやるか」が見えずにいた。
「工場の新設には10億単位の投資が必要になります。しかし、財務健全性を保ちながら工場をつくろうとすると、3年は借入返済に注力しなければなりません」(大髙氏)
そんな中、突然目の前に「100億宣言」と「成長加速化補助金」が現れた。採択されたなら、店舗展開のペースを落とさず、10年かかるはずだった工場を2〜3年で新設し、非連続の成長を実現できる。勝負するならいましかない。経営者の直感、本能が揺さぶられた。

「このまま地元でチヤホヤされる社長で終わるのか、それとも振り切れるところまで振り切るか。まさにその境界線に立っていました。これはイズムフーズのためにつくられた政策だと確信し、『やる』以外の選択肢はありませんでした」(大髙氏)
チャンスはいつ訪れるかわからない。大髙さんは工場用地を取得して、そのチャンスに備えていた。「小さい勝負には負けますが、大きい勝負は必ず勝つんです」。頭で考えるだけではなく、実際に行動に移していたことも、大髙さんに備わった経営者としての勝負センスなのかもしれない。
経営者の一番の仕事は、社員の給与を上げること
「100億宣言」と「成長加速化補助金」を申請する過程で、大髙さんは事業戦略を明確にしていった。
「頭の中に粗い解像度で思い浮かべていた事業計画を、対外的にわかりやすく、説得力を持って説明できる状態にする作業はやはり必要でした。
その過程で、新たに見えてきたものもあります。新工場をつくって、さらに店舗数を増やしていけば、お店をまかせられる店長、そこで働く社員と、当然人材が必要になる。じゃあ、実際にどう人を採用していくか。ふわっとしていた部分が明確になっていきました」(大髙氏)


- コロナ禍の悪環境下で練り上げた独自のビジネスモデルで国内出店の加速とアジア地域へのFC網構築を計画しているが、現有のセントラルキッチンではあと2年で生産能力のキャパシティを超えてしまう
- 海外進出にはISO22000取得が必要だが、現有セントラルキッチンでは対応が困難。生産能力の増強も必要であり、新たにその思想を織り込んだ食品工場の設計・建設が必要
- 規模の急拡大を担う人材採用と、店長人材の育成が急務

- 高品質低コストの料理提供とスタッフの働きやすさを両立するため、出店エリアを狭めた中で100店舗体制を構築し、コストを抑える
- 国内150店舗の調理と海外店舗向けのタレ製造を担う食品工場を新たに建設
- 大量出店を実現する採用手法、店長人材の育成と教育システムを確立

- 最新型のセントラルキッチン(食品工場)を新たに建設し、150店舗体制になっても変わらないお客様への高いバリュー提供を実現
- これまで培ってきた出店ノウハウを活用し、社内専門部隊による出店を進める
- 集中出店による“規模の経済”を実現するため、教育カリキュラムや集合研修で計画的に店長を育成する
- 海外FCは各国現地企業1社と専属契約を結び、国ごとに出店政策を進める。専属契約先企業の選定は、加盟店開発の業務委託契約を既に締結し進めている
- 今後は金融機関、商社などとも連携し、加盟企業開発を進める
新工場では国内店舗向けの調理だけでなく、将来の海外店舗向けのタレ製造も担う。国内出店エリアは東北自動車道沿いに絞り、まずは埼玉県に向けてドミナント出店※を進めていく。
※ドミナント出店:全国に広く店舗を展開するのではなく、特定の地域に集中的に出店し認知とシェアの拡大を目指す出店戦略
「日本はこれからますます少子高齢化が進み、人口が減っていきます。とくに東北は顕著です。そう考えると、将来的に東京、神奈川、千葉、埼玉の一都三県を見据えなければいけません」(大髙氏)
様々な角度から戦略を練り上げていくなかで、大髙さんがもっとも重視しているのが人材戦略だ。
「経営者の一番の仕事は、社員の給与を上げることだと考えています。イズムフーズでは2023年から毎年2回のベースアップを実施してきました。
どのようなスキルがあればどの職位になれて、給与はいくら上がるかも明確にしています。評価は絶対基準。『頑張ってるよね』という主観的評価ではなく、結果にフォーカスする。19歳だろうが50歳だろうが、主任や副店長、店長など職位が上がれば給与はポンと上がります。結果を出したぶん評価されるって、やっぱり嬉しいじゃないですか」(大髙氏)

パートから正社員への登用制度も整備し、子育て中の女性でも月140時間勤務で正社員として働ける仕組みをつくった。
「店長が務まるほどのパートさんがたくさんいるんです。本人も喜んでくれますし、会社としても優秀な人材を登用したほうが儲かる。完全にウィンウィンです」(大髙氏)
「この会社で働き続けたい」「この会社で働くことにはやりがいがある」「きちんと評価してもらえて、給与も上がる」。社員にそう思ってもらえることが、イズムフーズを成長させ、店舗数を増やしていく最大の戦略なのだと大髙さんは語る。
海外展開を見据えた外国人材の採用戦略
イズムフーズは、2026年から外国人材の採用も本格化させる。特定技能制度を活用し、日本人と同じキャリアパスを提供する考えだ。
「3〜4名を採用する予定です。まずはテストラン的に受け入れて、彼らが何を考えているのか、何を求めるのか、何が嫌なのかを理解したい」(大髙氏)
外国人材の採用は未知の領域だ。だからこそ、大髙さんは最初の1年を「学びの期間」と位置づける。どのような体制で受け入れるべきか、どのようなルールが必要か。とくに注目しているのは、ミャンマーからの人材だ。
「ミャンマーの人は比較的人柄が日本人に似ていると聞きます。私たちは優しさとか素直さをとても大事にしているので、イズムフーズの文化を理解しながらチャレンジしてもらいたい。外国人だからといって安い給与で働いてもらおうとは思っていません。採用されたからには日本人と同じ扱い。主任になれば主任の給与、店長になれば店長の給与です」(大髙氏)

国籍を問わず、成果を上げた分だけ職位も給与も上がる。大髙さんは、外国人材を安い労働力などとは決して考えていない。
「当たり前の話ですが、考え方は日本人と同じです。そういう人材が増えれば、店舗も増えて、会社はより稼げるようになる。むしろどんどんチャレンジして、どんどん職位を上げてほしいんです」(大髙氏)
さらに大髙さんは、外国人材の採用と海外展開を結びつける構想を持っている。
「海外から特定技能で来た人材が、イズムフーズで3年、5年と活躍した後、母国に帰って現地の店舗で働く。そういう流れをつくるのが理想です」(大髙氏)
イズムフーズのオペレーションを学び、組織文化を理解した人材。彼らは母国の言葉も文化も熟知している。その人材が現地店舗の運営を担えば、日本人だけでは難しいローカライズが可能になる。
「イズムフーズで経験を積んだ人材だからこそ、私たちの『ヒットフォーマット』を翻訳して、海外に広げていってくれるはずです」(大髙氏)
もちろん、想定通りにいかないこともあるだろう。しかし、やると決めたからには、国内で事業を立ち上げたときと同じように、泥にまみれながら一からやっていく覚悟だ。横展開ではなく、どこまでも縦に進んでいく。そんな海外サプライチェーンの構築を、大髙さんは想い描いている。

3億でも100億でも、失敗したら同じ
ところで、大髙さんはなぜイズムフーズを成長させたいと考えるのだろうか。
「どうせ会社を経営するなら、振り切ったほうがおもしろいじゃないですか(笑)」(大髙氏)
大髙さんは笑って言うが、その言葉の裏には社員への強い想いがある。
「顔の見える社員みんなに、イズムフーズで働いていてよかったと言ってもらえること。その言葉をたくさん聞けたほうが嬉しい。それが、私にとってのやりがいなんです。巻き込んだ責任もあります。そのためには、会社を右肩上がりに成長させていくしかない」(大髙氏)
大髙さんは、自らのことを「人生一度きり界隈」と呼ぶ。
「人生は一度きり。起業したからには振り切るというのが基本スタンスです。それに、仮に失敗して3億の借金を背負おうが100億の借金を背負おうが同じこと。日本に生きている限り、死ぬことはありませんから」(大髙氏)

世界を見渡せば、「自分の葛藤や悩みはかなり贅沢だ」と大髙さんは言う。
「ある著名な経営者の方が、『仕事はやるか、超やるかしかない』と言っていました。私もそう思いますし、昔から『楽な道とつらい道があったら、つらい道を選べ』と言われてきました。振り返ると、つらい道に足を踏み入れることは必ず自分の成長につながってきました」(大髙氏)
一度きりの人生を賭けた、100億企業への挑戦。社員のため、そしてお客さんのために、大髙さんは今日も仕事を「超」やり続ける。

撮影:高橋宗正
デザイン:久須美はるな
編集・執筆:増田謙治