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2026年1月7日
「規模より強さ」を選んだ老舗鉄工所3代目の戦略。大型設備とDX投資で実現する100億円ビジョン
杉浦鉄工所 代表取締役社長 杉浦竜基 氏

愛知県西尾市に全ての工場を置く株式会社杉浦鉄工所は、自動車筐体部品の製造を手がける企業です。代表取締役の杉浦竜基氏が掲げるのは、2031年に売上高100億円という目標。現在の売上高37億円から約3倍への成長をめざしています。

自動車業界が「100年に一度の大変革期」に揺れる今、杉浦氏はどのような決断を下し、どのような未来を見据えているのでしょうか。

信頼を土台に築いてきた80年の歴史

「製品にいのちを」これが杉浦鉄工所の企業理念です。戦後間もない1951年の創業以来、70年以上の歴史を持つこの会社は、現在、杉浦氏で3代目となります。

主要顧客との関係は、先代の時代から続く深い絆で結ばれています。「父親は2代目ですが、養子であまり勉強期間もないまま社長になったそうです」と振り返る杉浦氏。幼い頃、座ったまま疲れて気を失っているような父の姿を見たこともあったといいます。

しかしその時代、主要顧客の先代社長をはじめとする多くの方々が親身になって指導してくれ、仕事が終わった後に杉浦鉄工所の工場に来て技術を教え、新しい仕事の立ち上げを徹夜で手伝ってくれました。

「もしあの支えがなければ、うちの会社はとっくになかった」

この恩への想いが、杉浦氏の経営哲学の根底にあります。

現在も売上の大半はその主要顧客によるもの。杉浦氏自身も、社会人の6年半、その会社で働き多くの部署を経験しました。

「経営がしっかりしていて、良い意味で人間味のある会社。ずっとお付き合いしたいと思わせてくれる存在です」

毎年2億円規模の設備投資を続けていますが、そのほとんどが既存取引に紐づくため、新規開拓には大きく舵を切ってきませんでした。ただ、杉浦氏の胸の内には別の想いもあります。

「今後取引先を開拓していくにあたり、将来的に自動車メーカーと直取引をめざしたい。ただ、まだまだ課題がたくさんあります。今は目の前の仕事をしっかりやれる環境を整えることが先ですね」

信頼できる取引先との関係を第一に大切にしながら、100億に向けたさらなる可能性は視野に入れている。そんな感覚が、杉浦氏らしさなのかもしれません。

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業界の不確実性を見越した上での、攻めの戦略

杉浦氏が100億という目標を掲げた背景には、自動車業界を取り巻く急激な環境変化があります。

近年、同社は着実に売上を伸ばしつつありますが、EV化・水素化の波はそれ以上のスピードで押し寄せています。

「100億を目指すぐらいじゃないと、現状維持では難しい」

杉浦氏は続けます。

「EV需要が本格化するタイミングは誰にもわかりません。でも、3年後だとしたら今動かないと間に合わない。乗り遅れたら、維持すら難しくなる恐れがあります」

EV化が進めば、部品は大型化・薄肉化・集約化が進み、製造難易度は跳ね上がります。そうした変化に対応するため、大型ダイカストマシン※の導入や省人化・自動化による生産性向上を今から進めておく必要があるのです。

 「外部では、なかなか私たちの思いとマッチする仕入先が見つかりません。EV時代に求められる製品群に対応するため、自分たちでやるしかない」

この決断こそが、100億を掲げる覚悟につながりました。

※溶かした金属を金型に高速で圧入する鋳造を行うための装置。

AIが人を支える現場——“疲弊させない工場”の実現

杉浦鉄工所の工場を訪れると、そこには新たな製造業の姿がありました。

最も印象的なのが、AIを活用した外観検査システムです。大手自動車メーカーの品質部門の担当者が現場の課題を踏まえて個人的に試作したシステムを、杉浦氏がいち早く導入に手を挙げ、杉浦鉄工所の社員が自身で改良を重ね、実用化に繋げました。

「通常なら大手ベンダーに依頼するケースが多いのですが、費用は高額で、できると言われて導入しても期待通りの結果が得られないことも少なくない。何百万円もするカメラを買っても結局使えなかった、という経験もあります」

これに対し、このシステムの利点は初期費用が抑えられることに加え、運用しながら自社で学習させてレベルアップできる点にあります。外部ベンダーに都度設定を依頼する従来の方法では、ノウハウが社内に蓄積されません。

「それでは意味がない。だったらこのシステムは未完成で時間もかかるかもしれないけれど、うちで実証実験をしながら育てていこうと思ったのです」

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杉浦氏の判断は見事に的中し、予想以上の成果を上げています。立ち上げから1年、不良の報告は1件もありません。品質グループの担当者はこう語ります。

「長年品質管理に携わってきましたが、どれだけ教育を重ねても、人に頼る限り不良をゼロにすることはできませんでした。このAI検査の導入により、ようやく『外観検査の完全自動化ができる』という希望が見えてきたのです」

このシステムを構築したのは、若手社員です。驚くべきことに、彼は土木科出身。「工学部出身でもない。それでもやる気をもってあれだけのことをやり遂げた」と杉浦氏は高く評価しています。

具体的な成長戦略は多岐にわたります。大型ダイカストライン導入による電動車向け大型筐体部品の製造実現、粗材・切削加工・最終製品までの一貫生産体制の構築、DX推進による生産性向上と人材活用の柔軟性確保、技術・開発部門の強化による顧客の設計・開発部門との連携強化。

特に注目すべきは、工場DX推進による切削副資材工場での大幅な省力化です。将来的にはラインオペレーターと検査員の総工数50%削減を目指しています。

「人手不足を外部人材でカバーするのにおよそ年間2億円かかっています。そのお金でロボットやカメラを導入し、自動化を進めた方がいい」

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しかし、杉浦氏の視点は単なるコスト削減にとどまりません。むしろ、その先にある「働く人への想い」こそが、自動化推進の原動力となっています。

「1つの製品につき20カ所を目視で検査する。それを1日に何百個も繰り返す。正直、年齢とともに目も悪くなり、私自身はとても自信をもってできません。しかし自分でも自信がない事を人にやってもらっているという事が、今までの現実です。」

この検査作業には、想像以上のプレッシャーがかかります。もし不良品を見逃せば、1件で1,000万円、2,000万円という損害が発生することもある。当事者は自分のミスと、社内外に与えた影響の大きさに驚き、深く傷つきます。真面目な人ほど責任を強く感じ、メンタルを崩してしまうケースもあるといいます。

「毎日何百個もの部品を人間が目で追い続ければ、どうしたってミスは起きる。人数を増やして対応しても、一人ひとりが背負うプレッシャーは変わりませんし、見逃し不良はゼロにはなりません。コスト削減も確かに重要ですが、それ以上に働いている人のメンタルが気になる。自分ができないことを人にやらせるなんて、本来は筋が通らない事でしょう」

自動化の最大の目的としてコスト削減が語られることが多く、実際に杉浦鉄工所にとっても大きなメリットです。しかし杉浦氏にとって、それ以上に大切なのは「この検査作業で人が疲弊することがないように」という想いなのです。

工場見学の間中、杉浦氏は手を動かす社員に声をかけたり、肩をたたいたりしていました。アームロボットがうなりをあげ、規則的な機械音が響きわたる。製造ラインは見渡す限り続いています。

自動化と大型機械の導入により工数削減を進める一方で、そこで働く人々の「働きやすさと心の健康」を何より大切にする。杉浦氏は、人とAI、生産性と人間性という、一見相反する要素を両立させています。最先端の技術を導入しながらも、その根底には常に「人を大切にする」という一貫した想いがあるのです。

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強い会社、幸せな社員へ。100億宣言のその先にあるもの

「会社を大きくしたいとは、正直あまり思っていません。強い会社にしたい。強い会社をつくることが、従業員の幸せにつながると考えています」

杉浦氏は全社員と個別に面談を行い、一人ひとりがどんな人間かを把握しようと努めています。家族構成、経歴、現在の仕事内容を理解した上で、適材適所を考える。

どんどん人を増やして、すべてを任せれば、より早く売上100億円に到達できるかもしれません。しかし杉浦氏はそれを選びません。

「どこかで従業員が疲弊したり、気づいた頃には組織がおかしくなっていたりするのは嫌なのです」

さながら父親が息子を心配するように、社員への想いは深い。規模の拡大を追求するのではなく、社員一人ひとりと向き合える距離感を大切にする。そして変化を見据えた投資を地に足を付けて進めていく。それが杉浦氏の考える「強い会社」の姿です。

自動車業界の製造業は、依然として厳しい状況が続いています。売上高100億超を目指す企業に向けた「中小企業成長加速化補助金」の採択が決まった後、杉浦氏は社員を集めてこう伝えました。

「補助金をいただけたということは、当社の方向性が認められたということ。これで100億達成に向けた大規模投資が実現し、給料も上げられる。それに見合った働きをしてほしい。頑張ったことはきちんと評価する」

杉浦氏は、社員の成果をしっかり評価し、賃金に反映することを大切にしていると語ります。実際に、前述したAI検査のシステムを作った若手社員には、その成果に対して大幅な昇給で応えています。

新入社員全員との面談で、杉浦氏が必ず伝える言葉があります。

「お互いのことを思い合える関係にしましょう」杉浦氏と社員が互いを思い合う関係でなければ、良い仕事はできないという信念です。

ロボットを使った最先端の自動化を進める一方で、人と人との関係性を何より大切にする。効率化や省人化の裏にある「人への想い」こそが、杉浦鉄工所の強さの源泉なのかもしれません。

大型ダイカストマシンが稼働を始め、AI検査システムが不良をゼロに近づけ、若手社員が新しい技術に挑戦する。100億企業へ、そしてその先の200億企業への挑戦。杉浦鉄工所の工場には、確かな未来への道筋が見えています。

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