月商8,000万円から78万円へ。
売上の99%を失い、100人いた社員は5人にまで減りました。
「もう、この会社は潰れる」—
誰もがそう思う中で、先代社長は無添加石けんへの転換を撤回しませんでした。
17年に及ぶ赤字。それでも「体に悪いとわかった商品を売るわけにはいかない」という信念だけは、手放さなかったのです。
その決断が、長い時間を経て、創業115年を超える老舗を製造部門の売上37億円企業へと押し上げました。
その意思を受け継いだ森田隼人社長は、すでにグループ総売上109億円(2025年2月時点)を達成した今、製造部門売上としても100億円をめざすことを宣言しました。 この挑戦を貫いてきた原動力は、ただ一つ。
「健康な体ときれいな水を守る。」という理念です。
「悪いとわかったものは売らない」17年赤字を生んだ決断
シャボン玉石けんの原点は、1910年に、現在の北九州市若松区で創業した雑貨商にあります。
社長である森田氏は、当時をこう振り返ります。
「私の祖父が、日用品全般を扱う森田範次郎商店を創業しました」
石炭景気に沸くなかで事業は順調に拡大し、やがて石けんの卸業へと軸足を移していきます。
転機は、戦後の高度経済成長期に訪れました。
「戦後、高度経済成長の時代に洗濯機が普及し、それに合わせて合成洗剤が海外から入ってきました。当社も、先代社長が『これからは合成洗剤の時代』と考え、1960年代に切り替えました。これがうまく時流に乗り、売り上げもどんどん伸びていったのです」
事業転換は成功し、月商は8,000万円に達しました。しかしその一方で、先代社長の身体には異変が起きていました。10年以上にわたり、薬を塗っても治らない湿疹に悩まされ続けていたのです。
運命が動いたのは、当時の国鉄(現JR)から「機関車の洗浄に使っていた合成洗剤では、さびが早くでるため無添加の粉石けんが欲しい」と依頼があり、機関車の洗浄用に無添加石けんの試作品を作った時でした。
「その試作品を自宅で使い始めると、長年、薬でも治らなかった湿疹が、1週間も経たずにキレイになりました。ところが、試作品がなくなって再び自社の合成洗剤に戻した途端、たった1日で湿疹が再発した。そこで初めて、原因が自社製品にあったことに気づいたのです」
自社製品が原因だった、と気づいたときの衝撃は、計り知れないものだったでしょう。先代社長は「悪いとわかった商品を売るわけにはいかない」と一大決心をします。
合成洗剤をやめ、無添加石けんに切り替えたのは1974年。当時は合成洗剤が「科学的で便利な新製品」として歓迎されていた時代でした。
「父は実体験から、肌へのやさしさと、環境にもいいという確信があった。だから『これは絶対に売れる』と思っていたそうです。でも、そんなに甘くはなかった。」
そこから、17年間にわたる赤字が続きます。
17年間。売上は、指の隙間から砂がこぼれ落ちるように失われ、社員数も次第に減っていきました。
「合成洗剤を売っていた頃は月商で8,000万円ほどありました。それが、わずか78万円という1%以下まで落ちました。100人いた社員も、『もうこの会社は潰れるぞ』と1人、また1人と辞めていき、最終的には5人にまで減っていきました」
それでも先代社長は信念を曲げませんでした。
そんな状況の中、1991年、先代社長は自ら石けんの良さを説いた『自然流「せっけん」読本』を執筆し、出版しました。その結果、本はベストセラーとなり、全国から注文が入り始めるのです。そうして翌1992年、18年目にして黒字化を果たしました。無添加石けんへの挑戦が、ようやく実を結んだのです。
「健康な体ときれいな水を守る。」その理念を貫き、耐え続けたシャボン玉石けんの長い停滞は、ここでひとつの区切りを迎えます。その意思を引き継いだ森田氏は次なる段階として、製造部門売上の100億宣言へと踏み出していきます。

需要はある。だが、供給が追いつかない
現在、製造部門の売上は37億円。販売事業や通販部門などを合わせたグループ全体ではすでに109億円を達成しています(2025年2月時点)。それでも森田氏が100億宣言に手を挙げた背景には、成長の足かせとなっていた製造設備の限界がありました。
2000年代以降、食の安全問題や環境意識の高まり、SDGsの浸透を追い風に、無添加石けんへの需要は着実に拡大していきます。しかし、既存の製造設備では生産が追いつかず、「需要はあるのに、供給できない」状況が続いていました。
そこで同社は成長加速化補助金を活用し、工場の増設計画を推進。2029年の新工場稼働を成長の起点とし、グループではなく、製造部門売上100億円をめざす。その意思を明確にするための選択が、100億宣言でした。
森田氏が語る、同社が取り組むべき本質があります。
「石けんと合成洗剤は、似ているようでまったく別のものです。たとえるなら、バターとマーガリンの関係ですね。見た目は似ていても、成り立ちも性質も違う。どちらが良い悪いという話ではありません。ただ、その違いを、まずは一般常識としてきちんと伝えていきたいと思っています」
正しい知識の普及。それが持続的成長の鍵となります。森田社長は全国各地で講演に足を運び、工場見学にも力を入れてきました。現在、年間約15,000人が工場を訪れています。
「製造部門の売上37億に至るまでを振り返ると、世の中の理解を得るまでに、本当に長い時間がかかりました」
時間はかかりましたが、普及活動を粘り強く続ける中で、安心・安全志向の高まりや環境意識の変化、企業のCSR重視といった社会の変化が追い風となり、シャボン玉石けんの価値は徐々に世の中に受け入れられていきました。
「20年ほど前は、ドラッグストアとの商談といえば『いくらで売れるのか』という話が中心でした。今では、価値のある商品は価格だけでなく、その背景や意味も含めて正当に評価し、定価で届けようという考え方が広がっています」
価格競争から価値競争へ。市場の評価軸は確実に変化しています。
堅調に売上が伸びている事実は、市場にまだ十分な伸びしろがあることを示しています。だからこそ森田氏は100億宣言によって目標を明確にしました。漠然とした成長イメージではなく、数字として示すことで、会社がめざす方向を全社員で共有するためです。

5人の採用に300人が集まる理由
シャボン玉石けんの採用には、驚くべき数字があります。
「5、6人の募集に対して、多いときは300人ほど応募がありました」
理由を、森田氏はこう分析します。
「若い世代は、ただ働く場所を探しているというより、社会にとって意味のあることをしたいという想いを根底に持っている方が多い。SDGsを掲げているかどうかよりも、私たちが長年、嘘偽りなく続けてきた活動そのものに価値を感じ、共感してくれているのだと思います」
事業の持続性も見えています。安心・安全や環境問題への取り組みは、一過性のものではありません。加えて、働きやすい企業風土も、同社の大きな魅力です。
また、森田氏が最も重視するのは、採用段階での共感です。
「当社の理念に共感し、同じ方向を向いて働ける人に来てもらいたい。能力が高くても、考え方が合わなければ一緒に働くのは難しい。無添加石けんを広めたいという思いを共有できることが、何より重要だと考えています」
採用サイトには、喫煙者や合成洗剤の使用に関する基準もあらかじめ明記しています。価値観が合わないまま入社するとミスマッチが起きてしまうため、最初から考え方を明確にしているのです。
現在の従業員数は178名(2025年12月時点)、平均年齢は37歳。100年以上続く企業としては異例の若さです。無添加石けんへの転換によって社員が5人にまで減り、そこから改めて採用した人材が中心となっていることが、その背景にあります。
営業戦略にも独自性があります。2010年代からは、ドラッグストアのトップに工場を見てもらう取り組みを進めてきました。理念と製造現場を体感してもらうことで「こういう商品こそ売っていきたい」という想いを共有し、トップから組織全体へと広げていく戦略です。
さらには、海外展開も進めており、現地パートナーと一国一代理店の形で市場を育てる戦略により、現在11カ国へと輸出を広げています。
一方で、新たな課題も見えています。
「企業理念の浸透は、うちの強みの1つです。ただ、社員数がさらに増えていくと、今のシャボン玉石けんしか知らない社員が増えてしまう。厳しい時代を乗り越えてきた歴史を、どう次の世代に継承していくか。そこをしっかりさせないと、足元がぐらつくという懸念があります」
製造部門の人材育成も、大きなテーマです。
「これまでは、時間をかけて事業を広げ、その中で職人の技術を少しずつ受け継いでいけばよかった。しかし、『健康な体ときれいな水を守る。』という私たちの願いを、より早く、より広く社会に浸透させていくためには、製造体制の強化が避けられません。デジタルの力も使いながら、技術を体系的に構築していく必要があると考えています」
約50年かけてお客様との信頼を積み上げ、製造部門で売上37億円まで成長してきた企業が、次の成長ステージへ進むためには、経験や勘に頼ってきた技術を可視化し、標準化することが欠かせません。森田氏は、DXの推進にも積極的に取り組んでいます。
新工場設立もDX化も、大きな投資を伴います。土地の手配を進める中で、構想を後押しする手段として模索していたのが、成長支援のための補助制度でした。100億宣言と成長加速化補助金は、森田氏の構想を後押しし、未来への意思決定を加速させる存在となっています。

売上を失っても、守り続けたもの
先代社長が選んだのは、何かを足して売上を伸ばす道ではなく、悪いとわかったものを足さないという道でした。その選択は17年に及ぶ赤字を生みましたが、同時に揺るぎない理念を育てました。
無添加石けんには、香料、着色料、酸化防止剤、合成界面活性剤は使用していません。工場の釜炊き現場では、職人が実際に石けんを舐めて、出来具合を確かめています。
「体に悪いとわかったものを売るわけにはいかない」
先代社長のこの言葉は森田氏に受け継がれ、「健康な体ときれいな水を守る。」という理念として、今も会社の根幹を成しています。月商78万円の時代も、製造部門売上37億円となった今も、守り続けてきたものは変わりません。
シャボン玉石けん(製造部門売上)の100億宣言は、突然生まれた野心ではありません。これまで考え、実践してきたことの延長線上にある、ひとつの通過点です。
ぶれない。揺るがない。曲げない。折れない。
シャボン玉石けんの本質は、理念に忠実であり続ける経営にあります。
