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2026年2月19日
温泉旅館の灯りを、消さないために
——「おもてなし文化」を次世代につなぐ100億構想
株式会社⼥将塾 代表取締役 三宅⼤功 氏

温泉街の灯りが、少しずつ消えていく。

20数年前と比較し、全国の温泉旅館が半減していると言われる厳しい現実を前に、温泉旅館の未来に真正面から向き合っているのが、旅館運営再生を手がける株式会社女将塾です。

「日本のおもてなし文化」を守りたい。その想いを起点に、女将塾は各地で温泉旅館の再生に取り組んできました。

屋号を残し、人を守り、地域に溶け込みながら黒字化を実現する。理想論ではなく、現場で積み重ねてきた実績があるからこそ、同社にはいま、後継者不在や経営に悩む旅館から多くの相談が寄せられています。

地域の温泉旅館が抱える限界

兵庫県で温泉旅館を営む実家で育った代表取締役の三宅大功氏は、20数年前から始まった温泉旅館の衰退を目の当たりにしてきました。旅館が減り続ける中で、温泉街から人の気配や灯りが失われていく光景を、現場で見続けてきたといいます。

その中で、旅館が減り続ける要因のひとつとして意識するようになったのが、経営のあり方でした。女将が「お客様へのおもてなし」から「温泉旅館の経営」まで、ありとあらゆる仕事をする。

こうした構造が、旅館経営を難しくしているのではないか。三宅氏はそう考えるようになりました。

人材採用・教育事業を担う大手企業や旅館で働いてきた経験を活かし、三宅社長は女将を育成し、派遣する事業と温泉旅館のコンサルティング事業で起業します。根底にあったのは「日本の温泉旅館を元気にしたい」という強い想いでした。

「温泉旅館は、他の国にはない日本独自のおもてなしの象徴です。だからこそ、この文化を守り、次の世代につないでいきたい」

その想いが、女将塾の原点です。

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本社機能の集約で実現する「家業から企業へ」

創業から約10年、女将の育成・派遣に加え、コンサルティング事業も軸に展開してきた女将塾ですが、次第に限界も感じるようになります。

「派遣やコンサルだけでは、なかなか業界全体は変わらない。だったら、自分たちでやるしかない」

こうして三宅氏は、育成・派遣・コンサル事業から旅館運営の担い手へと舵を切ります。

現在、女将塾が運営に関わる施設は全国で24施設(2026年1月現在)。目指しているのは、家業として営まれてきた旅館を、継続的に成長できる事業として成立させること。小規模な旅館を束ね、グループとして経営することで、持続可能な形へと転換していく。その構想を支えているのが、本社機能の集約です。

全国にあるおよそ3万軒の旅館は、年間売上が平均で7千万円ほど。客室数は平均15室前後で、生産性を1つの旅館単体で高めるのは簡単ではありません。

「DX化やIT化と言われても、実際には人材もリソースも足りないのが現状です。女将さんが、料理から採用、マネジメント、さらには金融機関への対応まで、すべてを担っているわけですから」

女将塾では、採用、経理、財務、マーケティング、DX支援など専門性の高い業務を本社に集約しています。本社スタッフは約30人。バックオフィス機能を充実させることで、現場のスタッフがおもてなしに集中できる体制を整えています。

その成果は、ホテル業界で重視される経営指標「GOP」(Gross Operating Profit)にも表れています。一般的に旅館のGOPは5%前後にとどまるとされる中、女将塾が運営に関わる施設ではその4倍にあたる平均20%前後を実現しています。再生と収益性を同時に成立させている点は、同社の運営モデルの強さを端的に示しています。

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壊さずに再生する——地域とともに歩む旅館運営

三宅社長が重んじているのは、効率化だけではありません。旅館再生にあたっても従業員の雇用を守り、地元食材を使い、地域の金融機関との取引も継続しています。

「屋号を変えれば、あの旅館は潰れたという話になってしまう」

そんな考えから、屋号も基本的にそのまま引き継いでいます。

だからこそ、「こっそり入って、変えていく」という三宅氏の言葉通り、地域に溶け込みながら、確実に旅館を再生させていく手法を取っています。こうした地域に根ざした運営によって、赤字の旅館を黒字に転換し、地域金融機関からの信頼を積み重ねてきました。その結果、地銀から次の一手を模索する地域の宿についての相談が寄せられるようになり、点としての再生が、やがて面へと広がり、周辺エリア全体の活性化にもつながっています。

そうして増えていく施設群も、決して一律ではありません。

「24施設あれば、24通りのストーリーがあっていいと思っています。女将さんがとても元気な宿もあれば、温泉が魅力の旅館、食事が際立っているところ、景色が素晴らしい宿もある」

それぞれの宿が持つ個性や強みを生かし、地域の文化や歴史と調和しながら運営していく。もともとの旅館の姿を大切にし、従業員の雇用も継続することで、地域コミュニティとの関係性を保ちながら、確実に経営を立て直しています。

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成長を支えるのは仕組みと人

女将塾の成長を支えているのは、明確に設計された拡大スキームと、それを支える一貫した経営思想です。

運営の軸となるスキームは、大きく分けて2つ。M&Aによる買収と、オーナー保有物件を活用した賃貸運営です。M&Aは施設を完全に自社化できるため、大胆な投資や施策を打ちやすく、売上向上につながりやすい。一方、賃貸運営は、初期投資を抑えつつ、スピード感をもって施設数を増やすことができます。状況に応じて2つを使い分け、成長しています。

その前提として三宅氏が何より重視しているのが、「人を大切にする経営」です。

この考え方が試されたのが、コロナ禍でした。観光業が壊滅的な打撃を受ける中でも、女将塾は従業員の賃金を100%維持。アルバイトスタッフに対しても7割を補助する決断を下しました。その姿勢が、需要が急回復した際の、現場の働き方にもつながります。

「ものすごく忙しくなりましたが、みんな本当によく頑張ってくれました。それは、雇用をきちんと守ったからこその結果だと思います」

人材戦略にも特徴があります。旅館業界出身者にこだわらず、「温泉旅館って面白い」「やる意義がある」と共感して集まった異業種人材が中核を担っています。

「1億から10億までは自分が動けばなんとかなった。でも、そこから先は任せる人が必要になる」

支配人クラスの育成も着実に進み、採用にも大きな苦労はないといいます。人手不足が深刻な業界にあっても人が集まり、定着する。その理由は、「人にやさしい会社」であることが、現場と地域にきちんと伝わっているからです。

人を大切にするから人が辞めない。人が辞めないから、現場に経験と余力が残る。その積み重ねがサービスの質を高め、宿の価値となり、次の成長へとつながっていきます。拡大スキームと人を軸にした経営は、女将塾にとって切り離せない戦略です。

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100億宣言が後押しした次の一手——新プロジェクトへの投資

100億宣言は、予想以上の効果を生みました。

「これまでお付き合いできたらいいなと思っていた金融機関から、実際にアプローチをいただきました。それは率直に、とてもうれしかったですね」

金融機関からの「100億宣言をされていましたよね。拝見しています」という一言からは、同社の成長への本気度が、外部にもきちんと伝わっていたことがうかがえます。

実は、女将塾には以前から中長期計画として70施設以上、売上200億円という目標がありました。今回の100億宣言は、「中小企業成長加速化補助金」への申請に向けてその計画をアップデートしたものです。

補助金を活用し、以前から構想していた「タクミワザキッチン(仮称:以下、タクミワザキッチン)」と名付けた調理拠点への成長投資を進めています。

匠技は、すべての料理を集中調理する仕組みではありません。アレルギー対応食などの定型業務を担い、メイン料理や地元食材を生かした献立は現地の料理人が手がける。各宿の個性や特性に応じて、タクミワザキッチンを活用する手法です。

三宅氏はその意義を、こう語ります。

「料理人を支える仕組みです。休みを取りやすくしたり、待遇を良くしたりするために、タクミワザキッチンを活用していきたいと考えています」

効率か、個性か。

生産性か、人の温もりか。

女将塾は、そのどちらも諦めない道を選んできました。

現場の負担を軽減しながらも、宿ごとの個性や地域の味は守り続ける。そうして旅館全体の生産性を高めていく中で、生まれる余力を、どこに使うのか。三宅氏の答えは、明確です。

「やはり賃上げが重要だと思っています」

2030年に60施設、売上120億円を目指す「女将塾60-120構想」。その先に女将塾が見据えているのは、単なる事業規模の拡大ではありません。

若い世代が「給料もよく、やりがいのある仕事だ」と感じ、自ら集まってくる。女将塾は、そんな旅館業界への転換を目指しています。

旅館という日本の宝に、息を吹き込む

三宅氏は数字を追うこと自体を目的に、「100億宣言」という旗を掲げたわけではありません。

衰退の影にさらされてきた旅館という日本の宝を、次の世代へとつないでいくこと。宿で働く人の暮らしを守り、地域に寄り添いながら、続いていく風景を残すこと。その覚悟と徹底した手腕で、後継者不在や経営に悩む旅館から年間200件以上もの相談を呼び込んでいます。

働く人が増え、宿を訪れる人も増える。土地ににぎわいが生まれ、人が育ち、宿が育つ。そうした営みが、地域の日常として根付いていきます。

朝、厨房に火が入り、館内を早足で歩く女将や係が、大浴場に向かう浴衣姿のお客さんと笑顔で挨拶をかわす。夜には夕餉の香りがただよい、赤々と灯りがともる。

「旅館は日本のおもてなしの象徴であり、文化です」

温泉旅館の灯りは、消えません。

三宅氏と女将塾は、その灯りを守る覚悟をもって、日本全国の宿に向き合い続けています。

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