長野県上田市を拠点にする株式会社バリューブックスは、書籍の買取・販売を軸にしながら、本をめぐる独自の循環をつくり出してきました。
毎日3万冊の本が届き、そのうち半分が再び市場へ。残りは学校への寄付や古紙再生へと回されます。成長至上主義ではなく、「知の好循環プラットフォーム」を構築する。そのために必要な規模として、同社は100億という目標を掲げました。その思想と戦略を追います。
創業から15年、倉庫の限界が問いかけたもの
バリューブックスは、創業者の中村氏が手元にあった1冊の本をインターネットで販売したことから始まりました。2007年に東京で法人化し、早い段階で創業メンバーのゆかりのある長野県上田市に倉庫を設置。次第に事業の軸足を上田へと移していきます。
「最初は自分が食べていくためだったし、仲間で集まって楽しくやっていたらビジネスが伸びてきた。そのうちに捨てる本の方が多くなってきて、ああ、もったいないなぁと」
買取できずに廃棄されていく本の山を前に、中村氏は別の違和感も抱くようになります。
「古本の流通って、実は倉庫での仕事がほとんど。でも、外からは何をしているのか見えにくい。働いている人が、家族に『何の仕事をしているの?』って聞かれるわけです」
倉庫で働く仲間たちが、地域の中で誇りを持って認められる存在になれないか。そう考えて始めたのが、近隣の老人ホームや保育施設などに本を贈る取り組みでした。
「たとえばうちで働いている人のおばあちゃんがいる施設に、バリューブックスで取り扱う本を届けたら、感謝されたり褒められたりするかな、なんて思って」
倉庫の仕事が裏方ではなく、「社会貢献に繋がる仕事をしている」と受け止められるようになる。そうなれば、やりがいにも繋がり、さらに本を捨てずに済み、環境にもやさしい。創業3年目の2009年からは、保育施設や学校、病院、ひとり親家庭など、本を必要としている子どもたちへ本を届ける「ブックギフト」を開始しました。直近1年間では、8千冊以上の本を届けたとのことです。

日本全国から集まった本が、次の出番を待つように整然と並ぶ倉庫。ここが、バリューブックスの中枢です。上田原倉庫が稼働を始めた2015年夏。その年に入社したのが、現社長の鳥居希氏でした。
同社の事業は、本の買取と販売を基軸としています。買取には一般的な買取のほか、「チャリボン」と呼ばれる寄付の仕組みがあります。本を売った人が指定したNPOや大学に、バリューブックスが換金して寄付するプログラムで、2012年に本格化して以降、累計8億円を超える寄付を実現しました。2022年6月には出版事業も開始し、本をめぐるエコシステム全体に関与する企業へと進化しつつあります。
そこで問題となったのが、倉庫のキャパシティ不足でした。
「3年以上前から、何度も話題に上がっていました。ただ、なかなかうまくいかなくて。100億宣言と支援制度を知り、それが倉庫設立への転機になったのです」と鳥居氏。
もっとも、倉庫を構えること自体が目的ではありません。バリューブックスがめざしているのは、本をめぐるステークホルダー——著者、出版社、書店、読者——と共に歩むエコシステムの構築です。
特定の巨大プラットフォームに依存せず、関わる人たちが共存共栄できる仕組みをつくる。その構想を実現するには、一定の物量が不可欠でした。結果として、より広い倉庫が必要になったのです。
倉庫は目的ではなく、構想を支える基盤。ステークホルダーとともに歩むエコシステムを形にするための道筋として、埼玉倉庫の計画が立ち上がり、100億宣言と中小企業成長加速化補助金がその実現を前倒しすることに繋がったといいます。

本、人、理念。すべてを循環させる仕組み
日々届く3万冊のうち、査定システムで買取対象となるのは約半分。残りの一部は「ブックギフト」や「Valuebooks Lab」などで活用され、さらに古紙の一部は「本だったノート」へと生まれ変わります。
表紙には「値段がつかなかった本からできています」と記され、古紙回収に回されるはずだった本で作られた文庫本風のノート。開くと、ごく小さな文字のかけらが混じり、「元は本でした」と、そっと打ち明けているようにも見えます。資源が回り続ける循環の仕組みを、バリューブックスはこんな形で提示しています。
循環するのは、実は本だけではありません。バリューブックスでは、社長そのものが循環します。
鳥居氏は創業者から数えて3代目の社長。バリューブックスは、3年ごとに社長を交代し、その都度、その時の課題にもっとも適した人物が社長を担うという、驚くような仕組みを2代目社長から取り入れてきました。前社長の清水氏が3年で組織を立て直すと、鳥居氏が問題意識を持っていたジェンダーギャップが、次の重要課題として浮き彫りになってきます。
会社で働く人の3分の2が女性ですが、当時の給与構造を見ると、給与水準の高い専門職や役職者に男性が多く配置されていました。役職に関係なく給与平均を出してみると、男性は女性の1.4倍。また、当時5名の役員を見回すと女性は鳥居氏ひとり。
「ジェンダーギャップを解消すべき、と問題提起してきた私が代表になるのがよいだろうとなりました」
そもそも創業者である中村氏は、社長交代についてどう思っていたのでしょうか。
「僕、あまり社長をやりたくなくて。創業社長がずっと舵を取っていると、僕のやりたい方向ばかりに進んでしまうから。他の人のやりたいこともやって欲しい」と中村氏。
一方、鳥居氏は「誰かの期待でこうしなきゃということには縛られませんが、その期待が自分もやりたいことなら、めちゃくちゃやります」と語ります。
中村氏が、悠々と語り泰然としているのに対し、鳥居氏は、思考と発言の間に無駄がなく、次々と的確な言葉を繰り出すエネルギッシュさが際立ちます。しかし、よくよく耳を傾けてみると共通するものが見えてきます。それは、「やりたいこと」に正直であるという点です。
「ひとりに全部を集約させずに、チームとして経営する。みんなで、“社長”という役柄をやっている感じですね。いわゆるティール組織に近いですが、私たちはセルフマネジメント型と呼んでいます」
この役員構成は決して容易なものではなく、中村氏から経営を引き継いだ清水前社長が運用面での不具合を整え、現在のかたちへと落ち着きました。そこで、次の課題「ジェンダーギャップ」を解決するために選ばれたのが、鳥居氏だったのです。
「時々、次の社長は誰なのかと聞かれます」と鳥居氏は笑います。誰がやるか、ではなく、何が課題か。その課題が明確になったとき、適した人材が担う。このユニークなやり方は、バリューブックス全体に通底する「循環させる」という思想と、確かに結びついています。

効率と深度を分業で回す。二つの倉庫が支える成長戦略
バリューブックスは、B Corp™認証を取得しています。鳥居氏はその思想に深く共鳴し、日本語版ハンドブックの出版にも携わりました。これは、同社が2022年6月に出版事業を開始してから最初に手がけた一冊でもあります。
「翻訳作業の中で、『レプレゼンテーション』という言葉が何度も出てきて、自分たちはそうなっていないなと感じました」
意思決定の場は、社員を代表する人たちで構成されるべきだ。その考え方に触れ、組織を見つめ直すきっかけになりました。現在は、倉庫やクリエイティブ部門を代表する女性も2名役員に加わり、課題解決は着実に進んでいます。
バリューブックスの成長戦略の柱は二つ。中古本事業の進化・拡大と、新刊・出版事業の飛躍です。中古で生まれた安定収益を、新たな出版価値の創出へ再投資し、循環を生み出していく。その要となるのが、二つの倉庫です。
埼玉倉庫は、ロボットを活用した高速・高効率の物流拠点になります。天井まで積み上げられたケースを自動搬送システムが運び、「人が中を歩き回らなくていい設計です」と鳥居氏は説明します。届く本の多くは関東圏からで、「関東で循環させたほうが効率がいい。CO₂削減にもつながります」。
一方、上田の倉庫は「深さ」を担います。ロングテールで売れていく本を保管するだけでなく、価格が付きにくい本への対応も重要な役割です。町の古本屋では目利きの専門家が価値をつけてきた領域に、今後はAIとデータを掛け合わせて挑む構想です。
効率と付加価値、速度と深度。二つの倉庫は、対立しがちな要素を分業と循環によって両立させています。

出版社・著者へも価値を戻す。
再流通における利益還元という循環
出版社や著者への還元もまた、循環の一つです。中古本販売で生まれた利益の一部を、提携する出版社に還元する仕組みを導入しています。
「出版社も著者も、最初に売れた時の収益しか入らない。私たちが再流通で利益を生み出せているなら、そこは還元したい」
長く読み継がれる本を生み出す出版社を支えることが、出版業界全体の健全な循環につながると考えているからです。
バリューブックスは、社会(People)、環境(Planet)、経済(Profit)の三本柱で高いパフォーマンスを追求しています。
日本および世界中の人々が本を自由に読み、学び、楽しむ環境をととのえる
もともと、ミッションに掲げているこの言葉を、同社は100億宣言で、改めて示しました。
屋外に置かれた古紙回収用のコンテナをのぞくと、山のように積まれたコミックや書籍が見えます。
「こんなに捨てられていく。でも1冊でも本の形のまま多くの人の手にわたるようにしたい。再生紙になったら新たな価値を与えて、また人の手に戻っていくようにしたいのです」
しなやかでありながら強靭。緩やかに見えて、揺るぎない。
本が循環する。社長が循環する。そして利益も循環する。
100億という規模は、この循環をより大きく、より力強く回すための原動力です。
バリューブックスは今、その循環を次の段階へと推し進めています。
